THE STORY
トラビス・カラニックの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
012500億ドル(約39兆4000億円)の訴訟で会社が沈む
技師の父と広告を売る母
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。
トラビス・カラニックは1976年、アメリカ西部・カリフォルニア州の大都市ロサンゼルスに生まれた。父ドンは技師、母ボニーは新聞の広告営業。トラビス少年が育った家には、仕組みを理解する仕事と、人に売る仕事の両方があった。本人も若い頃から包丁の訪問販売を経験する。玄関先で知らない相手に立ち止まってもらい、商品の価値を説明し、財布を開いてもらう商売だった。[1]
18歳になると、大学進学試験SATの対策講座を始めた。勉強で得た知識が、今度は教えるための商品になる。やがてUCLA、カリフォルニア大学ロサンゼルス校でコンピュータ工学を学びながら、週40時間以上を事業に使うようになった。授業と仕事を並べれば、普通の学生生活をもう1つ重ねるような時間だった。大学で身につけたのは、問題を小さく分解して解き直す考え方だったと振り返っている。[1][2]
1998年、カラニックは大学を離れ、仲間が始めたScourへ加わった。インターネット上の音楽や映像を探すサービスだ。コンピュータ同士でファイルを受け渡すP2Pの技術によって、大きなデータも利用者の手元へ届く。その便利さが広がるほど、映画や音楽の権利を持つ企業との衝突も大きくなった。[2][3]
若い会社に突きつけられた請求額
2000年、映画・音楽業界がScourを相手に起こした著作権訴訟の請求額は、2500億ドル(約39兆4000億円)と報じられた。請求を受けたScourは破産手続きへ入った。カラニックが20代前半で飛び込んだ事業は、巨大な業界と争う中で行き詰まった。[3]
便利な技術を作ったつもりでも、使われ方しだいで権利者から訴えられる。サービスへ人が集まっても、会社を続けられるとは限らない。Scourの次に彼が選んだのは、それでも同じファイル配信の世界だった。[3][4]
02給料を取れないまま会社を残す
今度は配る権利を持つ企業へ売る
2001年、カラニックはマイケル・トッドとRed Swooshを始めた。前の会社を破産へ追い込んだ相手へ、今度は商品を売る。彼が後に「復讐のビジネス」と呼んだのは、権利者をもう1度困らせるサービスではなかった。映画会社や音楽会社自身が、大きなファイルを安く配信するための技術だった。[4][5]
人気の映像があれば、利用者の数だけデータが送られる。そのたびに費用がかかる。Red Swooshは利用者のコンピュータ同士も使って受け渡し、配信側の負担を軽くしようとした。Scourでは同じような仕組みが権利者との衝突を招いた。今度は配る権利を持つ企業に、その仕組みの買い手になってもらう。技術を捨てる代わりに、売る相手を入れ替えた。[4][6]
しかし、提案に興味を持ってもらっても、毎月の給料を払える契約にはなかなか届かない。カラニックは最初の4年間、給料を取れなかったと振り返る。資金を事業へ回すため、両親の家へ戻った。大学を離れて会社へ飛び込み、破産を経験し、もう1度創業する。その再出発の住所は、成功した起業家の豪邸ではなく、育ててもらった家だった。[6][7]
Googleへ去った技術者
買収の話は途中で崩れ、資金調達も決まらない。ついに残っていた技術者がGoogleへ移った。失敗した新興企業を扱うサイトFuckedCompany.comが、この退職を取り上げる。開発者がいなくなったという情報が外へ出ると、進めていたAOLとの取引まで流れた。技術者の穴を埋める前に、顧客との話が先に壊れた。[5]
カラニックは自分でコードを書く側へ戻った。投資家マーク・キューバンから資金を得てチームを立て直す。しかし、出資してくれる人が見つかれば、次の契約を自由に結べるわけでもなかった。本人がFailConでたどった経緯では、衛星放送事業者EchoStarとの取引へ進むため、新たな投資家を取り込み、キューバンの持分を買い取る段階も必要だった。資金を入れる。株主との条件を変える。ようやく顧客と契約する。売れる技術の後ろに、会社を生かすための交渉がいくつも重なった。[5]
この時期には、事業を残すために越えてはいけない線へ近づいた。The New York Timesの取材では、給与から預かった税金を納めず、会社の運転資金へ回したとされる。税金は後に納付されたという。彼は払うべき金まで使い、事業をつないでいた。[8]
2006年には開発チームとタイへ移り、生活費を抑えて働き続けた。誰もが使うサービスを作ればすぐに富が手に入る、という起業家像からは遠い。顧客が離れれば自分が開発し、資金が足りなければ暮らす場所まで変える。後のUberで市場へ押し入る強引さを見せる男は、先に、会社を畳まずに済む方法へ何年も食い下がっていた。[8][7]
03やっと売れた会社の次に
1869万ドル(約29億円)の買収
2007年4月、Red SwooshをAkamaiが買収した。Akamaiは、ウェブサイトや映像などを世界の利用者へ効率よく届ける企業だ。年次報告書の取得額は1869万ドル(約29億円)。主に株式による支払いで、取引費用も含む金額だった。[4]
破産したScourから立ち上がり、今度は配信業界の大手に会社を引き継いでもらうところまで運んだ。次の事業へ小さく投資し、起業家と過ごせる余裕が生まれた。[4][9]
アメリカ西部・カリフォルニア州の港町サンフランシスコにある自宅は、起業家たちが構想を持ち寄る場所になった。音楽のジャム・セッションのように、思いついた案をぶつけ合う。家は「Jam Pad」と呼ばれた。その集まりへ来ていた1人が、ギャレット・キャンプだった。[10]
次の会社を率いるつもりはなかった
キャンプは、面白いウェブページを見つけるサービスStumbleUponを売却した起業家だった。彼には、サンフランシスコで車を確実に呼べないことへの不満があった。タクシーがつかまるかに左右されず、必要な時に車が来るようにしたい。パリへ行く前から配車の不便を考え、試作にも取り組んでいた。[10]
カラニックは、次の会社へすぐ全時間を注ぐつもりではなかった。10年近く新興企業を続け、ようやく前の事業を売り終えたところだ。キャンプの案を手伝うとしても、まずは立ち上げを助ける役回りだった。[11]
04リムジンの共同保有から3台の試験へ
パリで話した車の使い方
2008年末、カラニックとキャンプは、フランスの首都パリで開かれた技術イベントLeWebに参加した。キャンプの初期案は、運転手とMercedes-Benz S-Class、その駐車場所を共同で用意し、iPhoneで必要な時に呼び出すものだった。2009年に試作を進め、カラニックも常勤の運営者探しなどを手伝う。[11]
2010年1月、アメリカ東部の大都市ニューヨークで、3台の車を使った試験を行った。キャンプ、カラニック、開発を助けたオスカー・サラサールらがサービスを動かす。続いてライアン・グレイブスが加わり、運転者集めや料金の調整といった日々の運営を担った。[11][12]
5月31日、サンフランシスコで正式にサービスを始めた。最初につないだのは、営業用の免許を持つ黒塗りの高級車だった。アプリを押せば車が来て、支払いまで済む。会社の名はUberCab。身近な移動の手間を、指先の操作へまとめようとしていた。[11][13]
使ってみた投資家が50万ドル(約7880万円)を出す
初期投資家のロブ・ヘイズも、自分で車を呼んだ。所属する投資会社First Roundはキャンプの以前の会社へ出資しており、今度の構想にも関心を持った。説明を聞くだけで終えず、サンフランシスコで実際に黒い車へ乗る。その体験を経て、当時400万ドル(約6億円)と評価された会社へ50万ドル(約7880万円)を投じた。Uberは短い間、First Roundの事務所も使った。[14]
資金だけでは車は増えない。客がアプリを開いた時、近くに運転者がいなければ次は使ってもらえない。運転者の側も、待っているだけで客が来なければ別の仕事へ行く。初期のチームは、この両側を同じ街で同時に集めた。料金を決め、運転者に参加してもらい、利用者へ知ってもらう。都市を開く仕事は、アプリの配布よりはるかに手間がかかった。[12][15][16]
2010年末、グレイブスは、カラニックがフルタイムでCEOに就くと発表した。自分は運営と拡大を担う。一時的な立ち上げ役だった男が、今度は会社を率い続けることになった。[12]
05営業停止の通知を受けても走る
Cabを外してUberになる
サービス開始の年、サンフランシスコの交通当局などから営業停止を求める通知が届いた。営業用の車を呼んでいるとしても、UberCab自体に必要な許可があるのか。既存の交通制度が新しい仲介者へ向けた問いだった。会社は名前からCabを外し、Uberとして営業を続けた。[13]
後のカリフォルニア州議会の資料にも、処罰の可能性を示されながら続けた経緯が残る。止めて交渉するのではなく、使う人を増やしながら存在できる条件を変える。その姿勢は、これから進む都市でも繰り返された。[13]
歓迎する利用者の隣には、怒るタクシー業者がいた。地元の運転者団体は、タクシーにも以前から予約アプリがあると反論した。彼らから見れば、免許や保険などの負担を引き受けてきた市場へ、異なる条件の競争相手が入ってきたことになる。車がすぐ来る気持ちよさの裏で、街の仕事の取り合いが始まっていた。[17]
パリへ会社を連れて戻る
2011年12月7日、Uberは最初の海外都市パリへ進出した。LeWebの開催に合わせて、事前登録した人に無料の移動を用意する。3年前にキャンプと構想を話した街へ、今度は会議の参加者を運ぶサービスとして戻ってきた。同時に発表した資金調達は3200万ドル(約50億円)。北米の外へ広がるための資金だった。[18]
カラニックは都市のチームへ大きな裁量を与えた。運転者を集める方法も宣伝も、現場が考える。世界共通のアプリの後ろで、各地の担当者がその街を動かす。拡大の速度は増したが、現場に任せた競争が行き過ぎることもあった。2014年には、競合サービスへ配車を頼んで取り消し、運転者の情報を集めようとした行為を、会社が行き過ぎた営業だったと認めた。[6]
06世界記録を見せられるとやめられない
怖ければ100人に電話する
2011年のBig Omahaで、カラニックは恐怖への対処を語った。売上が足りなくなるのが怖いなら、さらに100人へ電話する。恐怖は病気で、行動が解毒剤になる。彼が示したのは、怖くなくなるまで待つより、怖い対象へ自分から仕事を増やす方法だった。[9]
ゲームでも同じように競争へ入り込んだ。Financial Timesの取材では、世界記録を見せられると、そこまで続けようとする性質を話している。Angry Birdsの点数も、追いかける対象になった。勝ち負けや順位が見えると、会社の外でも熱が入る。[6]
一方、Big Omahaでは投資家への警戒も口にした。資金を出してくれる相手が、創業者をCEOの席から外す側へ回るかもしれない。彼はUberが世界的企業になる前から、自分の会社を誰が支配するかに目を向けていた。[9]
07大みそかの料金が跳ね上がる
客が増えた時に車を増やす
2011年のハロウィーンや年越しに、Uberは需要が集中すると料金を上げる仕組みを使った。後にサージプライシングと呼ばれる変動料金だ。高い運賃を提示すれば、運転者が仕事へ出る理由になる。会社はそう説明した。[15]
だが、年越しに帰宅したい客から見れば、いちばん困った時に高くなる。画面を押せば車が来る便利さが広がるほど、そのボタンを押すための値段も注目された。カラニックは、料金を一定にして車が足りなくなるより、需要に合わせて値段を動かす方を選んだ。[15]
高級車を安いハイブリッド車へ
2012年7月、UberはサンフランシスコとニューヨークでUberXを発表した。ハイブリッド車などを使い、黒塗りの高級車より安く乗れる商品だ。特別な夜だけの出費から、日常の移動へ入る余地ができる。[16]
同じ月には、車以外のものもアプリへ現れた。7都市で1日限定のアイスクリーム配達を行い、トラックを画面から呼べるようにした。客のいる所へ本当に何かが届く。その体験を、黒塗りの車へ乗ったことのない人にも試してもらう企画だった。[19]
夏の企画はその後も続いた。Uberの2017年の集計では、6年間に20万個を超える菓子を届けたという。人を運ぶ網を使い、次は何を届けられるか。遊びのような取り組みの先に、後の事業へつながる問いもあった。[20]
08安くすることが法律で禁じられる
タクシーの5倍という下限
2012年7月、アメリカの首都ワシントンDCで、セダン型配車サービスの最低料金を通常のタクシーの5倍にする案が進んだ。Uberの当時の最低料金は15ドル(約2,364円)。既存のサービスがすぐ値上げされるよりも、これから安い商品を広げる道をふさがれることが問題だった。[21]
カラニックは利用者へメールを送り、翌日の採決を前に議員へ意思を伝えるよう呼びかけた。いつも車を呼ぶために使っていた顧客とのつながりが、議会へ圧力をかける経路に変わる。会社側は、議員へ4000件を超えるメールが届いたと報告した。[22]

写真:TechCrunch/出典/CC BY 2.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
ただ、現地報道によれば、Uberはそれ以前の交渉で最低料金の案に関わっていた。最初から何もかも拒絶していたのではなく、制度を作る交渉の途中で利用者の支持を動員した。製品を売る営業と同じ熱量で、その製品を売れる条件にも働きかけた。[23]
他社が走れるなら自分たちも走る
2013年、Uberは一般の人の車と運転者をつなぐライドシェアへ本格的に入った。シカゴでも7月に試験を発表する。前年のUberXによる車種の変更から、今度は運転を担う人の範囲が広がった。[24]
LyftやSidecarなどが走る市場で、Uberは独特の進出基準を示した。他社が営業し、当局が一定期間取り締まらないなら、自分たちも同様に進む。既存業者が走っている事実を、許可が整うまで待たない理由に使った。[25]
カラニックは先へ進み、都市は後から対応を迫られる。利用者にとっては安い車が増える。運転者には、車両の購入、燃料、修理、待ち時間を引き受ける仕事が増える。急成長する市場で、その両側が同じように得をするかは、さらに争われていく。[25][26]
09選挙を勝たせた男を迎える
Uberを支持してもらう仕事
2014年、カラニックはデビッド・プルーフを迎えた。2008年にバラク・オバマの大統領選挙を率いた人物である。車が便利だと説明するだけでは、規制や既存業者との対立は越えられない。政策、政治的な働きかけ、広報を担う人材を会社へ入れた。[27]
都市ごとに相手が違う。利用者に愛されても、議会や行政から営業を認められなければ車は止まる。プルーフが扱うのは、Uberを続けたいと思う人々の支持を、公の場で力へ変える仕事だった。カラニックは技術者を集めるのと同じように、政治を動かす専門家も集めた。[27]
10空いた座席と昼食を運ぶ
知らない客を同じ車へ乗せる
2014年、Uberは似た方向へ行く別々の客を1台へつなぐUberPOOLを試し始めた。最初の客を迎え、その途中でもう1組を乗せる。どちらを先に降ろすかも、遠回りを抑えて組み立てる。車を安くするだけでなく、空いていた座席を売れるようにした。[28]
サンフランシスコ湾岸で約10万人へ試験を広げ、9月には地域の全利用者が選べるようにした。ニューヨークへは12月に入り、翌2015年9月までに150万回の利用があったと公表した。いつもの配車から、客同士の予定を重ねる仕事へ進んでいた。[28][29]
車を呼ぶ画面に料理が現れる
同じ2014年、ロサンゼルスではUberFRESHという料理配達を試した。街にはすでに車と運転者がいて、客はアプリへ支払い方法を登録している。人を運ぶ網に昼食を乗せるなら、次の注文を受けられるかもしれない。[30]
2015年には、スペイン北東部の港湾都市バルセロナなどへ広がり、UberEATSの名前を使うようになる。だが料理の注文は、車を呼ぶ時より選ぶものが多い。店とメニュー、品数、調理時間。到着まで待てばよい乗車と違い、配達の途中で冷める料理もある。[30][31]
2016年3月、UberEATSは独立したアプリになった。配車アプリにもう1つの機能を付け足す段階を越え、食事を頼むための画面を持つ。カラニックの会社は、車を呼ぶサービスから、街で起きる別の商売へ広がり始めた。[31]
11100万ドル(約1億円)で記者の私生活を調べる案
会食から外へ出た発言
2014年11月、幹部エミル・マイケルが、批判的な記者の私生活を調べるために100万ドル(約1億円)を使って調査員を雇う案を会食で話したと報じられた。出席していたBuzzFeed編集長ベン・スミスが、その発言を記事にした。会社への批判に、書いた人や家族の情報を集めて対抗しようとする発想だった。[32]
マイケルは発言を謝罪した。正式な調査計画が実行されたと確認された話ではない。しかし同じ報道には、別の記者の移動履歴を、Uberの管理者が本人に断らず見た問題もあった。配車に必要だから渡した情報へ、会社の内側から手が届いていた。[32]
利用者を守る仕組みも成長に追いついていなかった。FTCは後に、従業員による個人情報へのアクセス監視について、Uberの説明と実態に食い違いがあったと指摘する。2017年8月、会社は包括的な対策と長期の第3者監査を含む和解案に合意した。[33]
逃げたい人へも割増料金が出る
2014年12月15日、オーストラリア東部の港湾都市シドニーで立てこもり事件が起きた。周辺から離れたい人々が車を求めると、Uberの料金が上がった。客が増えれば値上がりする仕組みが、緊急事態にもそのまま作動した。[34]
現地チームは上昇をすぐ止めず、会社は後に判断の誤りを認めた。その後は中心部から離れる移動を無料にし、割増分も返した。平常時に車を増やすための計算を、そのまま避難したい人へ当てはめてよいのか。Uberは各地の緊急時対応を整えることになった。[34][35]
12AppleのCEOから止められる
App Storeを失う危機
2015年初め、カラニックはApple本社でティム・クックと面会した。The New York Timesによれば、Uberはアプリ削除後などにも端末を識別する手法を使い、Apple本社周辺ではその動作を見えにくくしていた。クックは、やめなければApp Storeからアプリを外すと警告した。カラニックは従った。[36][8]
Uberは端末識別を不正防止のためと説明し、後の取材にはAppleの規則に従っていると回答した。利用者や運転者を増やしても、その人々がアプリを入れる入口を閉じられれば営業が揺らぐ。自治体との押し合いとは違う形で、別の企業がUberの存続条件を握っていた。[37]
10億回目は5ポンド(約1,055円)の移動
2015年のクリスマス前日、Uberの利用が累計10億回に達した。記念の1回は、イギリスの首都ロンドンを青いHondaが走った、5ポンド(約1,055円)の移動だった。会社は乗客へ1年分の利用を、運転者へUberのある好きな都市への旅行を贈った。[38]
最初は高級車を確実に呼びたい人のための仕組みだった。それが、見知らぬ客と座席を分け、昼食を届け、ロンドンの短い移動にも使われるようになった。カラニックが全面的に経営へ入ってから、まだ5年ほどしかたっていなかった。[38][12][28][31]
13配車の会社がロボット研究へ入る
ピッツバーグに技術を集める
GoogleがUberへ出資した頃、両社は支え合う側だった。ところが、車が自動で走る未来へ向かうと、取り合う領域が重なり始める。カラニックは後のWaymo訴訟で、ラリー・ペイジらを助言者と考えていた時期を振り返った。初めて自動運転車へ乗せてもらった相手もペイジだったが、Uberが研究者を集めると関係は緊張したという。身近にいた先輩企業が、次の事業では競争相手になった。[39]
Uberは2015年2月、Carnegie Mellon Universityとの提携を発表した。場所はアメリカ東部・ペンシルベニア州の、鉄鋼業とロボット研究で知られるピッツバーグ。大学近くにAdvanced Technologies Centerを設け、地図、車両の安全、自動運転の研究を進める。街の運転者を集めてきた会社が、今度は大学の技術者を必要としていた。[40]
同年、大学のロボット研究部門から約40人がUberへ移ったと報じられた。共同研究の相手であると同時に、同じ人材を採用する企業でもある。9月にはカラニックが、教授職と3件の大学院奨学制度を支える550万ドル(約8億円)の寄付を発表した。Uber自身で技術者を雇いながら、その供給源となる大学の研究も支える。配車アプリの開発とは桁違いの人と研究費を、まだ完成していない車へ集めていた。[41][42]
14小さなアプリの印を作り直す
国際会議に立つ創業者
2016年6月、カラニックは世界起業家サミットで大統領上級顧問ヴァレリー・ジャレットと対談した。数年前まで営業停止を求められていた会社の経営者が、国際会議で事業を語る立場にいた。[43]

写真:GES 2016/出典/Public domain。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
黒いUをビットとアトムへ
同じ年、会社の姿そのものも変えようとした。2016年にはアプリの黒いUの印を改め、情報を表すビットと物理世界のアトムを組み合わせたデザインへ切り替える。国ごとに色や模様を変えられる仕組みだった。ロゴを担当したロジャー・オッドーネは、経営陣と密に取り組んだと説明している。[44]
公開インタビューで、聞き手が以前の印を好むと言っても、カラニックは新しい方を支持した。以前の印には初めて車を呼べた体験が結びついている。それでも会社はもう違う段階にあるというのが、彼の考えだった。世界の街へ入り込む会社の未来を、毎日押される印にも反映させようとしていた。[45]
15中国で毎年10億ドル(約1576億円)を失う
割引と補助金の競争
2016年、カラニックは、中国で年間10億ドル(約1576億円)以上を失っていると話した。相手は地元の配車大手DiDi。利用者へ割引し、運転者へ補助金を出しても、相手が同じことをすれば差はつきにくい。車を増やすために金を使い、その車へ客を呼ぶためにも金を使う。[46]
需要と供給が互いを呼び込むUberの強さは、競合にも働く。どちらかが優位に立つまで続けるとすれば、巨額の資金が流れ出していく。ScourやRed Swooshでは資金が尽きる寸前まで続けたカラニックも、中国では戦い方を変えた。[46][47]
2016年8月、DiDiがUberの中国事業を取得した。Uberは代わりにDiDiの株式を得る。自分の名で走らせる事業を手放し、競争相手の成長へ利益を託した。市場を取り切ることより、損失を止めて持分を残す方を選んだ。[47]
残った世界へ向かう
中国事業を売った後も、他国での活動は続いた。同年12月にはインドのラヴィ・シャンカル・プラサード大臣と会談している。Uberは各国で、利用者と運転者だけでなく、事業を認める政府とも関係を作らなければならなかった。[48]

写真:Ministry of Communications/出典/GODL-India。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
16運転する人まで変えようとする
いつものアプリに実験車が来る
2016年、Uberは自動運転会社Ottoを買収した。運転者と客を結ぶだけでなく、車が自分で走る技術へ踏み込む。Ottoの共同創業者アンソニー・レバンドウスキーは、Googleで自動運転に関わっていた技術者だった。[49]
9月14日、ピッツバーグで、一部の利用者を実験車へ乗せ始めた。カラニックとレバンドウスキーが共同で開始を告げた。客は通常のアプリを使い、対象の車が近くにいればその車が来る。車がいなければ普通のUberXになった。[50]
実験車には安全を監督する運転者が座った。機械に走らせながら、必要な場面では人が介入する。サンフランシスコでも同年、自動運転の試験車が走った。画面上の客と車を結びつけてきた会社が、今度は車の進み方を判断する領域へ入った。[50]

写真:Dllu/出典/CC BY-SA 4.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
17運転者を集める広告に2000万ドル(約31億円)
宣伝された年収と実際の数字
2017年1月、FTCはUberとの2000万ドル(約31億円)の和解を発表した。運転者を集める広告で収入や車両購入・リースの条件を誇張した、というのが当局の主張だった。支払いは影響を受けた運転者への返金に使われることになった。[26]
FTCによれば、Uberはニューヨークの運転者の年収中央値を9万ドル(約1418万4000円)超と宣伝していたが、実際には6万1000ドル(約961万3600円)だった。サンフランシスコも、宣伝の7万4000ドル(約1166万2400円)超に対し5万3000ドル(約835万2800円)。宣伝された額へ届く運転者は10%に満たなかったという。[26]
車を用意する人は、収入を見込んで支払いを抱える。アプリを使い始める客とは違い、運転する側には車両や維持費がある。安い運賃で利用を増やす会社と、その価格で働く人の間で、成長の負担を誰が持つかが問われていた。[26]
18アプリを消す運動が広がる
大統領へ近づいた代償
2017年1月、トランプ大統領の入国制限が、Uberの社員や運転者にも影響した。対象国の出身者が国外にいると、アメリカへ戻れなくなる。カラニックは収入の補償や法的支援を掲げ、300万ドル(約4億円)の支援基金を設けると発表した。[51][52]
ところが、本人は大統領の経済諮問の集まりに参加していた。政策へ意見を伝えようとする立場が、政権を支える姿にも見える。空港でタクシーが抗議している間にUberが営業を続けたことも反発を呼び、アプリの削除を訴える「Delete Uber」が広がった。[53]
2月2日、カラニックは諮問の集まりを去ると表明した。社員には、参加が政策支持と受け取られてしまったと説明した。ワシントンDCでは顧客の支持を議会へ向けていた。今度はその顧客が、アプリを消すことで自分へ意思を示した。[53][22]
19女性技術者の文章が会社を揺らす
人事へ持っていった記録
2017年2月19日、元エンジニアのスーザン・ファウラーがブログを公開した。配属先の上司から性的な関係を求めるメッセージが来たため、画面を保存して人事へ持っていった。彼女の記述によれば、人事は初めての問題で、本人は高い業績を上げているとして警告にとどめた。別のチームへ移るか、残って低い評価を受ける可能性を引き受けるか。証拠を持って報告した女性の方が、働く場所を選び直さなければならなかった。[54]
さらに同じ上司を以前から報告していた女性たちに会う。「初めて」という説明が崩れた。彼女は、社内で約束された革ジャンが、人数が少なく割高になるという理由で女性にだけ支給されなかった話も書いた。成績を上げる上司へは配慮が働く。一方、少数の女性へ用意する服には費用が問題になる。大きな会社の中で何が後回しにされるかが、小さな待遇の差にも表れていた。[54]
会社を辞めた後、彼女はその記録を誰でも読める場所へ出した。Uberは元司法長官エリック・ホルダーらの調査を受け入れた。各地の規制当局へ異議を申し立てていた会社が、今度は自分たちの働かせ方を調べられる。取締役会が後に受け入れる改革は、車の性能やアプリの速度ではなく、経営陣の責任へ向かっていく。[55]
1回の乗車が映像で残る
2月28日、カラニックが運転者ファウジ・カメルと言い争う車内映像が公開された。カメルが運賃の引き下げで収入が減ったと訴えると、カラニックは自分の問題を他人のせいにしていると応じた。創業者と、そのサービスで働く運転者が、1台の車で向き合った。[56]
映像の公開後、カラニックは謝罪し、自分にはリーダーとしての助けが必要だと認めた。競争相手へ押し返す時と同じ強さを、サービスを担う相手へ向けていた。車を降りれば終わるはずのやり取りが、経営者自身の振る舞いを世界へ見せた。[56]
前の職場の技術をめぐる争い
買収で人材を迎えた後、その過去まで争点になった。映像公開の5日前に当たる2月23日には、Google系のWaymoが、営業秘密の持ち出しなどを主張してUberを訴える。Ottoから得ようとした技術が、今度は訴訟の中心へ来た。[57][49]

写真:Dllu/出典/CC BY-SA 4.0。表示サイズ調整・圧縮。肖像は表示枠で切り抜き。
20当局の画面だけ車が来ない
Greyballという使い分け
2017年3月、Greyballという仕組みが表面化した。Uberは不正利用や危険から運転者を守る目的も説明したが、当局による営業実態の調査を避けるためにも使われていた。[58]
アメリカ北西部・オレゴン州の川沿いの都市ポートランドでは、無許可で営業を始めた2014年12月、17のアカウントが対象になった。そのうち16は公務員のものだったと市の調査は認定し、交通当局の職員による29件の配車要求が拒まれたとした。普通の利用者には動くサービスが、調べる人には動かない。[59]
利用者を増やして制度を変えるだけでなく、制度を調べる側から営業を隠す方法まで使われていた。Uberは3月、規制当局を標的にする利用を禁じると発表した。会社を止めないための手段そのものが、会社への不信を重ねていた。[58]
21創業者が揺れる間も新商品は出る
大型トラックの荷物を予約する
不祥事が次々に表面化した2017年5月にも、会社は別の産業へ進んだ。Uber Freightの公開である。街角の客ではなく、運ぶべき荷物とトラックを結ぶ。電話で荷物を探し、料金を確かめ、仕事が決まったのか確認する。小さな運送会社が何時間も使っていた手続きを、アプリ上の予約へまとめようとした。[60]
荷物を運んでも、代金は30日以上入らないことがある。会社は数日以内の支払いを掲げ、積み込みなどで余計に待たされた場合の追加料金も示した。運転者の苦労を減らすことを、新しい事業の売り文句にしたのだ。乗用車の運転者との関係で批判を浴びる一方、別の運転者を顧客として迎える商品が立ち上がる。巨大化したUberでは、創業者の危機と事業の拡大が同時に進んでいた。[60]
22母を失った直後に届いた辞任要求
家へ戻してくれた人
2017年5月、カラニックの両親がボートの事故に遭った。母ボニーは亡くなり、父ドンは重傷を負った。会社の問題へ対応し続けるさなかに、母の死と父の療養が重なった。[61]
Red Swooshの資金が足りなかった頃、両親は彼を家へ戻してくれた。成功する前の長い時間を、その住まいが支えていた。UberのCEOになっても、その家族との関係は続いていた。いま彼には、会社から離れて母を悼み、父の回復を見守る時間が必要になった。[7][62]
6月13日、カラニックは期限を定めない休職を社員へ伝えた。家族の事情に加え、自分のリーダーとしてのあり方も変えると表明する。同じ時期、取締役会はホルダーらの提言を全会一致で採択した。苦情の追跡、取締役会の独立性、公平な採用などを見直す内容だった。[62][55][63]
画面へチップの入口が加わる
休職中の6月20日、Uberは運転者の待遇を改善する「180 Days of Change」を始めた。半年間かけて、運転する人から求められてきた変更を進める。会社自身が、手を付けるのは遅すぎたと認めていた。利用者を呼び込むキャンペーンとは違い、いま車を走らせている相手へ、働き方を変えると約束する取り組みだった。[64]
その入口になったのが、アプリでチップを渡す機能だった。最初はシアトル、ミネアポリス、ヒューストンの3都市。いずれもアメリカで、北西部、北部、南部に離れた街から始め、7月末までに全米へ広げる計画を示した。客が降りる時に、財布から現金を出さなくても運転者へ追加の金を渡せる。自動で支払いが終わる便利さの中へ、運転した相手を直接ねぎらう入口ができた。[65]
カメルとの車内映像が広まった時には、運賃を下げる経営者と、その運賃で働く人の隔たりが見えた。4か月足らずのうちに、会社は運転者の要望を聞く側へ姿勢を変えようとしていた。だが、この改善を始めた時点で、カラニック本人がCEOへ戻れるかどうかも揺らいでいた。[56][64][66]
会社へ戻る道を閉じた投資家
休職の発表から約1週間後、5つの投資家がCEO辞任を求めた。カラニックは退任を受け入れた。会社の成長へ資金を出してきた相手が、創業者本人に退くよう要求した。取締役には残るが、日々の経営を握る席は失った。[66]
2011年の登壇で警戒していた展開が、現実になった。辞任を要求したのはBenchmark、First Round Capital、Fidelity、Lowercase Capital、Menlo Venturesだった。最初の客として車へ乗り、資金を入れたFirst Roundも、この時は彼へ退くよう求める側にいた。[66][14][9]
23CEOを辞めても席の争いは続く
取締役会へ2人を送り込む
2017年8月、初期投資家のBenchmarkがカラニックを訴えた。前年に増えた取締役の席をめぐり、重要な問題を十分に知らされないまま同意した、と主張した。カラニックは事実無根の攻撃だと反論し、契約に従って仲裁で扱うよう求めた。[67][68]
9月、彼は自分が指名できる2席に、元Xerox CEOのウルスラ・バーンズと、金融業界の経営者ジョン・セインを選んだ。CEOの役職を失っても、取締役会へ人を送る権利は残っていた。新しい経営者を迎えた会社の中で、誰が決議へ参加するかをめぐる対立が続いた。[69]
2018年1月、SoftBank側による投資と株式取引がまとまると、Benchmarkは訴えを取り下げた。告発内容の真偽を判決で決着させたのではなく、新しい資本と統治の取り決めによって争いに区切りがついた。[70]
5700万人分の情報を1年後に明かす
CEOが交代した後も、過去から別の問題が現れた。2017年11月21日、後任のダラ・コスロシャヒが、前年の情報流出を公表した。約5700万人の利用者・運転者に関する個人情報が持ち出され、アメリカの運転者約60万人の免許証番号も含まれていた。Uberは2016年末に把握していたのに、本人たちや当局へ知らせていなかった。新CEOは対応を主導した2人を会社から外し、影響を受けた運転者への通知と保護策を始めた。[71]
侵入者が使ったのは、開発者のGitHubアカウントを足がかりに手に入れたクラウドへの鍵だった。FTCによれば、Uberは2016年11月14日に侵入者から連絡を受け、脆弱性を報告した人への報奨制度を通じて10万ドル(約1576万円)を払った。だが相手は、欠陥だけを知らせた研究者ではなく、すでに情報を盗んでいた人物だった。金を払い情報の削除を約束させても、被害を受けた人への報告は行われなかった。[72]
しかも当時、FTCは以前の情報流出を調べていた。その調査中に起きた、より大きい流出まで伏せられた。2018年の最終和解では、20年間のプライバシー対策と定期監査に加え、一定の事故を当局へ報告する義務が課された。会社が自分の判断だけで処理できる範囲は狭くなった。[73]
2022年、Uberは司法省との不起訴合意で、当時の役職員らがFTCへ流出を隠した責任を認めた。全米の州司法長官らとの民事和解には1億4800万ドル(約233億円)を支払っている。これは会社が受け入れた責任と和解であり、カラニック個人に有罪判決が出たという話ではない。彼が会社を去った後も、創業者時代の意思決定を処理するために、後任が金と時間を使い続けた。[74]
Waymoへ株式を渡して和解する
2018年2月、カラニックのCEO退任後に和解が成立した。Waymoが得るUber株は0.34%、当時の評価で2億4480万ドル(約385億円)相当と報じられた。UberはWaymoの営業秘密を自社で使用したとの見方を否定し、独自技術であることを確かめる取り組みを約束した。[57][49]
機械と人が止められなかった車
同年3月18日、アメリカ南西部・アリゾナ州の大学都市テンピで、Uberの自動運転実験車が、自転車を押して横断する女性をはねて死亡させた。カラニックがCEOを去った後も続いていた事業で、人命が失われた。[75]
NTSB、米国家運輸安全委員会の調査によれば、システムは衝突の5.6秒前に歩行者を捉えたが、適切に分類し、動きを予測できなかった。緊急時の制動を機械が行わず、人の介入に頼る設計の一方、監督する運転者は携帯電話に注意を向けていた。[75]
NTSBは運転者の注意散漫を主因とし、Uberの危険評価、監督、安全文化の不十分さも寄与したと結論した。新しい車を走らせる発表の後には、異常を誰が見つけ、どの瞬間に止めるかまで徹底する仕事が残っていた。[75]
24次に買ったのは料理を作る場所
1億5000万ドル(約236億円)を自分で投じる
2018年、カラニックは投資活動を10100という名へまとめた。不動産や電子商取引、インドや中国の新事業へ関わり、営利・非営利の両方で多くの雇用を生むことを掲げた。Uberの席をめぐる争いと並行して、資金を次へ動かし始めた。[76]
City Storage Systemsへ投じたのは1億5000万ドル(約236億円)。支配持分を取得し、自らCEOになった。そこから広がるCloudKitchensは、飲食店へ配達用の調理場所などを提供する事業だ。客席を構えず、届いた注文に合わせて料理を作り、配達へ渡すための場所を売る。[77][78]
UberEATSでは客へ届く最後の移動を扱った。次の会社では、その前に料理を作っている場所へ入る。店が調理してから運転者が取りに来るまで、仕事がつながる現場を事業にした。長くデータの配信に取り組み、その後は人の移動を広げた男が、厨房の設備と運営へ向かった。[77][31][78]
Uberとの最後の役職も手放す
2019年、Uberは上場した。
同年12月24日、カラニックは年末をもって取締役会を離れると発表した。他の事業と慈善活動へ力を注ぐためだと説明した。CEOを辞めた2017年から2年半を経て、取締役の役職も手放した。[79]
代理人は、保有するUber株も全て売ったと明らかにした。[80]
事業の席を失っても、そこで得た資金は次の挑戦へ使えた。Red Swooshで無給を続け、親の家へ戻った時とは条件が違う。今度は自分で1億5000万ドル(約236億円)を投じ、会社の経営権を持って始められた。Uberで築いた資産が、Uberを離れた後のカラニックを支えていた。[77][79]
25次の会社も簡単には立ち上がらない
厨房を買ってもすぐには開かない
カラニックが次に動かしたのは、アプリだけではなかった。CloudKitchensは不動産を取得し、調理設備を整え、料理を売る店を入れる。注文が増えればソフトの処理能力を上げる、というだけでは済まない。建物ごとの改修が終わらなければ、厨房は売り物にならない。[81]
2020年4月、外出制限で宅配需要が増す時期にも、立ち上げには遅れが報じられていた。Bisnowが当時の取材・他社報道をまとめた記事では、世界で70〜100施設を取得したとされる一方、稼働は約10施設にとどまり、大きな改修が必要な物件もあった。急に注文が増える好機にも、使える厨房の数はすぐには増えない。[81]
同月には、ロサンゼルスでInternet Food Courtの開業を知らせるウェブサイトと発表文が出た後、取り下げられる一幕もあった。会社側は、従業員が許可なく作り、誤りや誤解を招く内容を含んでいたと説明した。Uberで商品を次々に出した男の新会社にも、現場の動きと会社の発表をそろえる仕事が残っていた。[81]
親の家からベルエアの邸宅へ
事業の立ち上がりが滞っても、カラニック自身が若い頃と同じ資金難へ戻ったわけではなかった。2020年には、ロサンゼルスの高級住宅地ベルエアで4330万ドル(約68億円)の邸宅を購入したと報じられた。売り出し時の7500万ドル(約118億円)から大きく下がった金額である。会社を離れて得た資産の大きさが、住まいにも現れる。[82]
かつては給料を取らず、事業を続けるために両親の家へ戻った。その後、育てた会社から辞任を求められた。だがUber株の売却によって手にした資金は、次の会社へ自分で投じる金にも、個人の住まいを買う金にもなった。経営からの退場と、富を失うことは同じ結末にならなかった。[7][80][77][82]
26去った後から過去が公開される
Uber Filesが映した拡大期
2022年、ICIJ、国際調査報道ジャーナリスト連合などが、流出文書を基にUber Filesを公表した。カラニックの率いた拡大期を、社内のやり取りから追った調査報道だった。政治家への働きかけや、捜査時に社内情報へ接続しにくくする仕組みが報じられた。[83]
ICIJは、フランスで運転者へ暴力が起きる可能性を、世論の支持を得る機会として扱ったやり取りも指摘した。カラニックの代理人は、暴力を利用して運転者を危険にさらす提案や司法妨害の承認を否定した。Uberも過去を正当化せず、2017年以降に運営を変えたと説明した。[83]
会社の看板は新しくなり、本人も別の事業へ移っていた。それでも、拡大を急いだ時期の選択は後から検証された。便利さを歓迎した客の記憶だけでなく、その裏で何が行われたかを示す記録も残っていた。[83]
27厨房の先に鉱山と移動を置く
8年続けた仕事をAtomsとして見せる
2026年、カラニックはAtomsを公表した。料理、鉱業、交通といった物理的な仕事へ自動化を広げる会社だ。CloudKitchensなどを通じて約8年取り組んだ土台の上に、次の構想を置いた。7月にはAndreessen Horowitzが出資を発表し、ベン・ホロウィッツが取締役に加わった。[84][78]
同月のTBPNへの登場では、17億ドル(約2679億円)の資金調達についても話した。食事を作ること、鉱山で物を動かすこと、交通を支えること。画面の中だけで完結しない産業へ、AIと自動化を持ち込むための資金だった。[85]
8月には、電動航空機を開発するJobyと、空の移動や自動運転車をつなぐ拠点を整える計画が報じられた。着陸し、充電し、その先の移動へ接続する場所を用意する構想だ。実現には設備や運用を積み上げる必要があるが、再び交通を変える事業に本人の名前が現れた。[86]
もう1度同じ投資家と組む
かつて率いたUberの2025年売上は520億1700万ドル(約8兆1978億円)、営業利益は55億6500万ドル(約8770億円)に達した。カラニックの退任後も、会社は別の経営陣と運転者、配達員、従業員によって続いている。彼の作った仕組みは、彼がいなくても街を動かす大きさになった。[87][79]
その一方、カラニックはまた自分の会社を率いていた。Uberへ出資したホロウィッツが、今度はAtomsの取締役会に入る。業界と衝突して破産した青年、親の家で資金をつないだ経営者、世界へ広げた会社から辞任を求められた創業者。その全てを経た本人へ、再び資金が集まった。[78][3][7][66]
最初はコンピュータの間をファイルが移動した。次は、スマートフォンで呼んだ車が人を乗せた。いま彼が手を伸ばす先には、厨房と鉱山と交通拠点がある。仕事の対象は変わったが、目の前の仕組みをもっと速く、安く動かそうとする執着は続いている。その力で動かされるのは機械だけではない。そこで働く人々の生活まで、次の会社の選択に結びついている。[4][12][85]
参考文献・出典 87件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
- All Hail the Uber Man ↩ 本文
- Q&A with Travis Kalanick ↩ 本文
- Peering Into the Crystal Ball ↩ 本文
- Akamai 2007 Annual Report ↩ 本文
- Uber CEO Travis Kalanick on How He Failed and Lived to Tell the Tale ↩ 本文
- Lunch with the FT: Travis Kalanick ↩ 本文
- Uber’s Travis Kalanick shows gentler side at Disrupt SF Q&A ↩ 本文
- Uber’s C.E.O. Plays With Fire ↩ 本文
- Big Omaha – Travis Kalanick: Whatever it is that you’re afraid of, go after it ↩ 本文
- Garrett Camp Profile, Canadian Business May2016 ↩ 本文
- Uber’s Founding ↩ 本文
- 1 + 1 = 3 ↩ 本文
- California Senate Committee background on TNCs ↩ 本文
- Rob Hayes: Forbes investor profile ↩ 本文
- As Champagne corks pop on New Year’s Eve, Uber plans price boost ↩ 本文
- Uber, just the way you like it! ↩ 本文
- San Francisco Taxi Workers Alliance white paper ↩ 本文
- We Are Going Global With Big Funding ↩ 本文
- Uber Launches Ice Cream Truck On-Demand Service for a Day ↩ 本文
- Uber Ice Cream through the years ↩ 本文
- Strike Down the Minimum Fare Language in the DC Uber Amendment ↩ 本文
- Uber Rapid Response Overwhelmed DC Council ↩ 本文
- Uber Negotiated a Price Floor Before Sinking Cheh Amendment ↩ 本文
- uberX Expands Ridesharing in Chicago ↩ 本文
- Uber Policy White Paper1.0 ↩ 本文
- Uber Agrees to Pay $20 Million to Settle FTC Charges ↩ 本文
- Uber Hires Ex-Obama Aide David Plouffe ↩ 本文
- UberPOOL San Francisco: Everybody Is In ↩ 本文
- 10 Facts About UberPOOL in NYC ↩ 本文
- Uber’s food delivery service takes a bite of Europe with Barcelona expansion ↩ 本文
- LA: The New UberEATS App is Arriving Now ↩ 本文
- Uber exec suggests digging up dirt on journalists ↩ 本文
- Uber Settles FTC Allegations that It Made Deceptive Privacy and Data Security Claims ↩ 本文
- An Apology ↩ 本文
- Uber Australia Attachment A consumer law review submission ↩ 本文
- Tim Cook Threatened to Remove Uber From the App Store Over iPhone Tagging Tactics ↩ 本文
- Uber’s app fingerprinted iPhone hardware, breaking App Store rules ↩ 本文
- One in a Billion: Uber celebrates billionth trip ↩ 本文
- Kalanick court testimony on Google relationship ↩ 本文
- CMU Uber strategic partnership announcement ↩ 本文
- Researchers move from CMU to Uber ↩ 本文
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- Uber2016 Brand System: Roger Oddone portfolio ↩ 本文
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- India Ministry of Communications official photograph — Kalanick meets Ravi Shankar Prasad, 15 December 2016 ↩ 本文
- Uber and Waymo Reach Settlement ↩ 本文
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- Standing Up for What Is Right ↩ 本文
- Standing Up for the Driver Community ↩ 本文
- Uber CEO Steps Down From Trump Economic Advisory Council Amid Immigration Order Controversy ↩ 本文
- Reflecting on one very, very strange year at Uber ↩ 本文
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- Uber CEO apology after driver argument ↩ 本文
- Stunner: Google and Uber settle for $245 million stake ↩ 本文
- Uber says it will stop using software to evade law enforcement ↩ 本文
- Portland probe finds Uber used software to evade16 government officials ↩ 本文
- Leveling the Playing Field for America Truck Drivers ↩ 本文
- Uber CEO’s mother dies in boating accident ↩ 本文
- Uber details changes, including time off for CEO Kalanick ↩ 本文
- This week at Uber: the moves that mattered ↩ 本文
- 180 Days of Change ↩ 本文
- Uber rolling out tipping for drivers ↩ 本文
- Uber after Travis ↩ 本文
- Benchmark Capital v. Kalanick Complaint, August2017 ↩ 本文
- Kalanick Says Benchmark Wants to Publicly Slander ↩ 本文
- Kalanick Fills Two Remaining Uber Board Seats ↩ 本文
- Benchmark Capital Lawsuit Against Kalanick Is Over ↩ 本文
- 2016 Data Security Incident ↩ 本文
- FTC addresses undisclosed data breach ↩ 本文
- FTC final approval settlement Uber ↩ 本文
- Uber nonprosecution agreement2016breach ↩ 本文
- Collision with Automated Vehicle, Tempe Arizona March18 2018 ↩ 本文
- Kalanick Launches10100Fund for India and China ↩ 本文
- Travis Kalanick is a CEO again ↩ 本文
- Travis is Back ↩ 本文
- Travis Kalanick to Depart Uber Board of Directors ↩ 本文
- Travis Kalanick is leaving Uber’s board ↩ 本文
- Ghost kitchen early operational delays ↩ 本文
- Travis Kalanick Bel Air4330万USDhome ↩ 本文
- About the Uber Files investigation ↩ 本文
- Uber cofounder Travis Kalanick launches Atoms — a new robotics and food tech company ↩ 本文
- Building the Physical AI Stack: Travis Kalanick on TBPN ↩ 本文
- Future mobility hubs link air taxis, robotaxis ↩ 本文
- Uber Announces Results for Fourth Quarter and Full Year 2025 ↩ 本文
写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1英ポンド=211.0円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / GBP
本文更新:2026-11-02



