THE STORY
ジェフ・ベゾスの物語
選んだ道。その先で、起きたこと。
01膝当てより先に机が必要だった
世界を変える前に膝が痛んだ
ジェフ・ベゾスは床に膝をつき、本を箱へ詰めていた。
昼間の仕事が終わると、地下へ下りて発送作業をする。取次から届いた本を注文ごとに分け、梱包して送り出す。注文が増えるほど、膝が痛くなる。そこで彼は、膝当てを買おうと思い付いた。[1]
同僚の答えは、もっと簡単だった。梱包する机を置けばいい。
翌日、作業台を買った。床に屈み込んでいた人たちが立ち上がり、同じ本を、立ったまま包めるようになった。ネット上へ巨大な書店を作った男は、足元の不便に、そんな遠回りをしていた。[1]
Amazonは、注文ボタンを押せば荷物が来る会社になる。しかし最初は、ボタンの向こうで創業者自身が箱を作っていた。画面の中なら何百万冊も並べられる。その1冊を、膝を擦りむかず客へ送る方法は、また別に考えなければならなかった。
02母は2つのバッグで教室へ通った
卒業するにも条件があった
地理データ:Natural Earth(パブリックドメイン)。 湖の補助データ:© OpenStreetMap contributors(ODbL)。使用データ。現代の行政区分と都市の代表位置を表示。編集部作図。
1964年1月12日、ジェフはアメリカ南西部・ニューメキシコ州の砂漠地帯に広がる都市アルバカーキで生まれた。母ジャッキーは17歳の高校生だった。出産した生徒が、ほかの生徒と同じように学校へ通えるわけではなかった。[2][3]
母方の祖父ローレンス・プレストン・ガイスが学校と交渉し、ジャッキーは卒業まで残れることになった。ただし、課外活動への参加もロッカーの利用も認められず、卒業式で同級生と一緒に壇上を歩くこともできなかった。学校に残れるという許可には、学校生活の一部から外される条件が付いていた。[3]
最初の結婚は長く続かなかった。ジャッキーは幼い息子を育て、働き、学びを続けた。高校を出た後の夜学では、赤ん坊を連れてきてもよい教師の授業を探した。教科書を入れたバッグと、おむつや哺乳瓶を入れたバッグ。2つを持って、息子と教室へ入った。[2][3]
学業が終わるまで子育てを待つことも、子育てが終わるまで学ぶのをやめることもできない。その日の授業に必要な物を、両方のバッグへ詰めた。
ずっと後、家族がニュージャージー州で暮らすようになってから、彼女は大学へ戻った。40歳で卒業証書を受け取るため壇上を歩くと、家族が声援を送った。高校では歩けなかった場所へ、今度は自分の足で進んだ。[4]
布をつなぎ合わせた上着
父となるミゲル、通称マイク・ベゾスにも、家族を離れた出発があった。1962年、16歳でキューバから単身アメリカへ渡った。英語は話せなかった。母親は寒さを心配し、掃除に使う布をつなぎ合わせて上着を作り、息子に持たせた。[3]
ミゲルは難民の子どもを受け入れる施設などを経て、アルバカーキの大学で学んだ。同じアルバカーキでジャッキーと出会い、1968年、2人は結婚し、ミゲルは4歳のジェフを養子に迎えた。ベゾスという姓は、この父から受け取った。[3][2]
家族はアメリカ南部・テキサス州の石油産業の都市ヒューストンへ移り、父はExxonで技術者として働いた。やがて弟と妹もいる家になる。ジェフの母が1人で育児と学業を抱えた生活は、新しい家族の生活へ変わっていった。[2][5]
03壊れたブルドーザーを直す夏
歯車が重ければクレーンも作る
4歳から16歳まで、ジェフは夏をテキサス州の祖父母の牧場で過ごした。最初の頃は手伝っているつもりでも、祖父に世話をしてもらう側だった。若い母を休ませるため、祖父母が孫を引き受けていたのだ。大きくなると、風車や柵、配管の修理、家畜の世話へ、本当に手を出せるようになった。[6]
祖父は、道具がなければ作る人だった。家畜の傷を縫う針まで、針金を熱し、薄く叩き、穴を開けて用意した。ジェフが一夏を使った大仕事は、壊れたブルドーザーの修理だった。[6]
祖父は動かないCaterpillar D6を5000ドル(約78万8000円)ほどで買った。安いが、そのままでは使えない。2人は分解し、必要な部品を取り寄せた。すると、次の問題が届いた。交換用の歯車が重すぎて動かせない。[6]
ブルドーザーを直すには歯車が要る。歯車を使うには、まずそれを持ち上げなければならない。2人はクレーンを作った。修理の途中で、修理に使う道具を作る仕事が増えた。それでも、電話で誰かへ引き渡すのではなく、自分たちで次の手を考えた。[6]
祖母が亡くなった後も、ジェフは牧場へ通った。祖父と2人で仕事をし、午後1時頃になると家へ戻る。祖父は昼の連続ドラマDays of Our Livesを欠かさず見た。機械も家畜の道具も自分で直す人が、床に寝そべり、ドラマの続きを見る。孫が覚えていたのは、働く祖父だけではなかった。[6]
褒められるはずの計算
10歳ほどのとき、祖父母と車で旅行していたジェフは、祖母のたばこについて計算した。喫煙で寿命が縮むという広告を聞き、吸った本数と年数を見積もる。出した答えは、9年分の寿命だった。[7]
祖母へ結果を伝えた。算数の腕を褒めてもらえると思っていた。ところが、祖母は泣き出した。
祖父は車を道端へ止め、ジェフを外へ連れ出した。そこで孫へ伝えたのは、賢くあることより、優しくあることの難しさだった。ベゾスは2010年、母校の学生へこの出来事を話す。持っている能力と、その能力をどう使うかは違う。その話を、祖母を泣かせた自分から始めた。[7]
04笑い声で図書館から追い出される
家の中では発明が増えた
母は電子部品店へ何度も通った。ジェフが欲しがったのは、完成した物だけではなかった。部品があれば、自分で作ってみたい。家ではガレージが工作の場所になった。[8][5]
セメントを入れたタイヤで作る門。傘とアルミホイルを使う太陽熱の調理器。きょうだいが入ってきたことを知らせる、焼き皿を使った警報装置。役立つかどうかを、家の中で試していた。母は部品を買い、試す場所を与えた。祖父の牧場と違い、こちらではきょうだいも実験の影響を受ける側だった。[3]
一家はやがてアメリカ南東部・フロリダ州の海辺の都市マイアミへ移った。ジェフは公立のMiami Palmetto高校で学び、1982年、750人の卒業生の首席になった。卒業スピーチでは、人が宇宙へ移り住む将来を語った。[9]
成績のよい生徒だったが、静かな生徒とは限らなかった。大きな笑い声のせいで図書館を使う権利を失ったことがある。弟と妹も、一緒に映画へ行くのを恥ずかしがる時期があった。後に取材の席で響くあの笑い声は、金持ちになってから身に付いたものではなかった。[9]
05答えはコサインだった
3時間の向こうにいた同級生

写真:Smallbones/出典/CC0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
進学先のプリンストン大学で、ジェフは理論物理学者を目指した。成績はよかった。電気工学やコンピューター科学の授業も楽しんでいた。それでも、ある物理の課題には手が止まった。[9]
同室のジョーも数学が得意だった。2人で3時間考えても進まない。そこで、スリランカ出身の学生ヤサンタを訪ねた。彼は問題をしばらく見て、答えを示した。コサインだった。[9]
途中の計算は、紙を3ページ使った。式を進め、消していくと、最後に答えが出る。頭の中で全てやったのかと聞くと、ヤサンタは、以前解いた問題との対応が分かったのだと説明した。ジェフたちが3時間かけても見つけられなかった道を、彼は過去の知識から見つけていた。[9]
ジェフはそこで、自分が偉大な理論物理学者になる道を見直した。理科が得意だった少年は、物理を知らないから諦めたのではない。深く学んだ先で、自分よりはるかに強い人を見た。電気工学とコンピューター科学へ専攻を移した。
金融の会社で仕組みを作る
卒業後、ベゾスはニューヨークへ向かった。通信技術の新興企業Fitelを経て、Bankers Trustで資産運用を支えるシステムを開発した。資金を動かす会社にも、情報を処理する仕組みを作る仕事があった。[2][10]
その後に入ったD. E. Shawは、数学とコンピューターで投資する金融会社だった。創業者デービッド・ショー自身もコンピューター科学の専門家である。ベゾスは技術を使い、事業を考え、責任のある役職へ進んだ。よい収入があり、優秀な仲間がいる。何も持っていないから始める起業ではなかった。[11][2]
06隣の部屋から笑い声がした
先に昼食へ誘った人
D. E. Shawに、マッケンジー・タトルがいた。プリンストン大学で英文学を学び、作家トニ・モリスンに教わった小説家志望の女性である。彼女の隣の部屋からは、ジェフの笑い声が聞こえた。[12]
昼食へ誘ったのはマッケンジーだった。
2人は1993年に結婚した。彼女は小説を書き、彼は新しい事業を考えた。1年後、その事業のために、暮らす場所も仕事も変える話になる。[12][2]
1994年、ベゾスが見つけたのは、ウェブの利用が年率2300%という勢いで伸びているという数字だった。まだ利用者が少なくても、この速度で増え続ければ大きな場所になる。そこへ、何を売る店を置くか。候補を比べ、彼は本へ絞った。[13]
大型の書店でも、棚に載る種類には限りがある。世界の本を全てそろえた売場は、どれほどの建物を要するだろう。ところが、画面に情報を並べるなら、店舗の床面積を増やさずに選択肢を増やせる。本は種類が膨大で、ネットの長所がはっきり出る商品だった。[13]
退職を決めるまでの48時間
退職の意向を聞いたショーは、ベゾスとセントラルパークを歩いた。構想は面白い。しかし、すでによい仕事を持つ人が、そこへ進むべきなのか。上司は考え直す時間を与えた。[7]
ベゾスは2日間、考えた。自分が80歳になって振り返ったら、どう思うだろう。年の途中で退職し、ウォール街の仕事で得られる報酬を手放すことを、いつまでも惜しむだろうか。それより、インターネットという変化を目の前にしながら、参加しなかったことを悔やむのではないか。[2][7]
マッケンジーは挑戦を支持した。ベゾスは辞めた。頭の中には巨大な書店があり、目の前には、まだ1冊も売っていない店の準備があった。
07最初の社員は帰る家を残した
車の中で会社を考える
1994年、ベゾスとマッケンジーは西へ向かった。父から1988年製のChevrolet Blazerを受け取り、道中、ベゾスは事業計画を書いた。行き先はアメリカ北西部・ワシントン州の港町シアトル。Microsoftが育てた技術者の層があり、本の流通拠点へも手が届く土地だった。[1][13]
会社名には、まずCadabraを選んだ。魔法の呪文から取った名前だったが、電話で伝えると、弁護士にcadaver、つまり死体のことかと聞き返された。別の名前を探した。大きさが伝わり、アルファベット順なら早く出るAの付く名前。Amazonになった。[1]
仕事場は、シアトルの湖を挟んだ東側の住宅都市ベルビューの借家だった。ガレージへ電源を延ばし、機械を置いた。来客を招くには不便で、打ち合わせは近所のカフェへ行った。そのカフェが入っていたのは、大手書店Barnes & Nobleの店だった。競争相手の書棚のそばで、新しい書店の仕事を進めた。[13][1]
サンタクルーズを離れるまで
技術を担うシェル・カファンは、すぐに移住を決めたわけではなかった。カリフォルニア州の大学町サンタクルーズで、20年近く暮らしていた。新しいウェブの仕事はしたい。しかし、気に入った街を離れなければならない。ベゾスは夏をかけて説得した。[14]
カファンは家を残し、必要最小限の荷物だけ持って来た。書店のサイトを作り終えたら、サンタクルーズへ戻り、そこから見守れるかもしれないと思っていた。ところが、完成させれば終わりという仕事にはならなかった。[14]
当時、通販サイトを簡単に組み立てる道具は乏しかった。書籍の情報を表示し、客が選んだ物を覚え、注文と支払いへつなぐ。使う機械も、自分たちで用意する。カファンらは、売れるサイトを動かすための処理を作った。マッケンジーは支払いなどの実務を担った。ガレージの会社は、誰か1人が全ての仕事を終わらせて持ち込んだ完成品ではなかった。[15][14]
08地衣類の本は届かなくていい
10冊買うための奇妙な注文
本を売るには、まず仕入れなければならない。ところが取次の最低注文は10冊。客が欲しいのは1冊でも、10冊分の注文を出す必要があった。例外を認めてほしいと頼んだが、断られた。[1]
ベゾスたちは、取次の一覧に、在庫切れの地衣類の本を見つけた。岩や木の表面などに育つ地衣類を扱った、専門的な本だった。客が欲しがった1冊へ、その本を9冊加えた。注文は10冊。しかし、実際に届くのは必要な1冊と、残りは品切れだという連絡だった。[1]
余計な本を9冊抱えずに、客の1冊を手に入れる。膨大な品ぞろえを目指す書店の足元では、そんな仕入れが行われていた。
1995年7月、Amazonのサイトは一般の客へ開いた。それまで試してくれた知人や家族へ、今度は周囲へ知らせてよいと伝えた。知らない人が画面を開き、本を注文するようになる。[1]
名前のAが入口になった
客が来る道も、少人数のつながりから開いた。カファンの知り合いスーザン・ベンソンは、ブラウザーを作るNetscapeのサイトで編集の仕事をしていた。Amazonを、新しく面白いサイトの紹介へ載せた。名前がAで始まるため、一覧の上の方へ出た。[14]
ベゾスは別に、Yahooの紹介ページへ載った経緯も語っている。新しいサイトを知らせる窓口が、客を連れてきた。店に棚はなくても、通り道は必要だった。人が集まるページへ名前が出ると、遠くにいる客も、小さな会社へ来られた。[1]
売れれば、発送が増える。仕事場を移し、小さな倉庫を持ってからも、ベゾスたちは地下へ下り、床で本を梱包していた。そこで出たのが、膝当てを買う提案と、机を置こうという答えだった。取次から本を得る工夫に続き、その本を送り出す作業も、手元から作り直した。[1]
09失う確率は70%だと両親へ伝えた
24万5573ドル(約3870万2304円)の出資
1995年、両親は息子の会社へ計24万5573ドル(約3870万2304円)を投じた。当時の目論見書を調べたBloombergが伝える金額である。家族が長年蓄えた資産の、相当な部分だった。[16]
ベゾスは、失う可能性を70%と伝えた。安全な運用ではない。会社が駄目になれば、両親の老後のお金も一緒に消える。それでも両親は投資した。インターネットを知り尽くしていたのではなく、息子を信じた。[3]
外の投資家から100万ドル(約1億円)を集めるには、50回以上の面談を重ねた。最初に説明するのは利益率ではないこともあった。そもそも、インターネットとは何か。金融会社の仕事を辞めた男が、見えない場所へ店を作り、客がそこへ来ると言う。まだ普段の生活にない商売へ、お金を置いてもらう必要があった。[3]
人も同じだった。カファンが家を残して来たように、最初の参加者は、成功したAmazonを見てから決められない。動き始めたサイトと、そこで働く人たちを見て、自分の時間を使った。両親の貯蓄、社員の移住、投資家との面談が、そのサイトを続ける資金と人手になった。
10上場した会社に利益はまだなかった
最初に株主へ言っておくこと
1997年5月、Amazonは株式を公開した。同年の売上高は1億4780万ドル(約232億円)。前年の約1570万ドル(約24億円)から急増し、顧客口座は年末までに150万を超えた。社員は158人から614人へ増えた。[17][18]
客が増えれば、倉庫も人も要る。デラウェア州に2つ目の配送拠点を開き、商品を扱える場所を増やした。画面の中に書名を増やすだけなら、ここまで建物は要らない。しかし、客は書名ではなく、本が届くのを待っている。売上の伸びへ追いつくため、先に設備と人へ資金を出した。[18]
ベゾスは、最初の株主向け書簡で、短期の利益より長い時間の競争力を優先すると伝えた。客が増えるか。また買うか。信頼されるか。そこへ資金を使い、効いたものにはさらに注ぎ、効かないものはやめる。すぐ利益を最大にする会社へ出資したい人には、先に違いを知らせた。[18]
1998年には英国とドイツの書籍販売事業を取得した。商品も、本から音楽、映像、玩具、家電へ広がる。米国の書店を完成させてから次へ行くのではなく、まだ投資の要る会社の中へ、さらに投資の要る商売を増やした。[19][1]
1999年、ベゾスはTIMEのPerson of the Yearに選ばれた。ネットの商売を象徴する顔になった。本社は古い病院を転用した建物へ移り、扉で作った机が置かれていた。巨大な期待と、節約の机が同じ会社にあった。[11]
11株価は8割以上下がった
投資先が消えていく
2000年、ネット企業への投資に沸いた熱狂が崩れた。Amazonの株価は、前の年の株主向け書簡を書いた時点から8割以上下落した。ベゾスは新しい書簡の冒頭で、その痛みを認めた。[20]
売上は伸びていた。2000年は約27億6000万ドル(約4349億円)。しかし純損失は約14億ドル(約2206億円)になった。注文があるという事実だけでは、会社を続けるお金が尽きないとは言えなかった。[21]
出資先も崩れた。ペット用品通販のPets.com、家具通販のliving.comが営業を停止した。早く市場へ入る必要を大きく見すぎ、単1分野の通販が十分な規模へ届く難しさを小さく見ていた。ベゾスは、投資判断の誤りを認めた。救うために資金を追加する道も選ばなかった。[20]
Amazon自身は、早い段階で調達した資金があった。年末の現金と有価証券は11億ドル(約1733億円)。調達済みの資金が尽きる前に、事業を立て直さなければならなかった。[20]
1300人を削る
2001年初め、Amazonは約1300人、当時の社員の約15%を削減すると発表した。倉庫と顧客対応拠点を閉鎖し、シアトルの事務所も集約する。急いで増やした会社を、今度は実際に縮めた。[21][22]
同年第1四半期には、再編などの費用を約1億1400万ドル(約179億円)計上した。使わない設備や、これまでの配置を、帳簿の外でも変えていく。会社に残る人が再建へ向かう一方で、その会社を去る人もいた。[23]
ベゾスが長期を重視すると言ってきたのは、同じ支出をいつまでも続けるという意味ではなかった。作った施設を閉じ、投資先を諦め、成長の見通しも引き下げる。その判断をして、ようやく次の四半期へ進むことができた。
12初めての黒字は500万ドル(約7億円)
値下げするために費用を下げる
2001年、Amazonは、費用を減らして価格も下げる方へ進んだ。安くなれば、買う人が増える。注文が増えれば、倉庫などの費用を多くの取引で分担できる。その分を、また価格へ戻す。利益を得るために値上げするのとは、反対の回り方だった。[24]
その回り方を支えるのは、発送の正確さでもあった。違う物を送れば、返品や再発送で費用が増える。間違いを減らす改善は、客の面倒を減らし、次の値下げへ使う資金も残した。通販の画面を直すのと同じように、倉庫の工程を直す必要があった。[24]
2002年1月、発表された2001年第4四半期の売上高は11億2000万ドル(約1765億円)、通常の会計基準による純利益は500万ドル(約7億円)だった。初めての四半期黒字である。[22]
ただ、その黒字には為替の追い風もあった。決算には、1600万ドル(約25億円)の主に為替による利益が記録され、それがなければ最終赤字だったことも記された。事業を立て直した成果と、為替による押し上げの両方が、小さな黒字に入っていた。[22]
会社は同時に、99ドル(約1万5602円)を超える対象注文で無料配送を選べる仕組みを発表した。黒字へ届いたところで、また配送費を会社側が引き受ける範囲を広げた。[22]
帳簿の利益より実際に残るお金
2004年の書簡では、ベゾスは架空の輸送機械の事業を持ち出した。売上と利益が増えても、設備を買うためにそれ以上の資金が出ていけば、株主のためのお金は残らない。彼が重視したのは、設備投資などを差し引いて実際に生まれる現金だった。[25]
本を仕入れ、倉庫に置き、売って代金を受け取る。仕入れ先へ払うまでの間も含め、その流れを速くできれば、次に使えるお金が変わる。会社が大きくなるほど、長期の構想を語るだけでは足りない。在庫と設備へ縛られる資金を、日々動かす仕事があった。
13何度送っても年79ドル(約1万2450円)
注文のたびに迷わせない

写真:James Duncan Davidson from Portland, USA/出典/Public domain。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2005年、Amazonは米国でPrimeを始めた。年会費79ドル(約1万2450円)。対象商品なら、注文額の下限なしで、何度でも2日配送を使える。[26]
客は、送料を払うか、もう1つ買って無料配送へ届かせるか、別の日まで待つかを考えなくてよくなる。欲しい物が1つでも注文できる。一方、その箱を運ぶ会社の費用は、1年分の会費を受け取った後も増える。使ってもらうほど客には得で、会社には出費になる仕組みだった。
ベゾスは、それでも長い関係を作れると考えた。倉庫の場所や在庫の量なら、注文と輸送費のデータで比較できる。だが、値下げや無料配送を5年、10年続けたとき、客がどれほど信頼して買うかは、今の表だけでは決まらない。彼はその判断を、2005年の書簡で説明した。[27]
79ドル(約1万2450円)で、何回まで送れば採算が合うか。それだけでは、この会員の価値を測り切れない。客が送料を気にせず、いつもの買い物をここで済ませるようになれば、注文の習慣そのものが変わる。Amazonはその可能性へ資金を使った。
物流を担った幹部ジェフ・ウィルキーは、1997年の書簡を読んで入社を決めたと話している。長期の仕事を理解する人を集め、その人たちが、明日と明後日に箱を届ける約束を現場で守った。構想は長くても、会員が待つのは目の前の荷物だった。[28]
同じ会費へ映画も入れる
2011年2月、Primeには5000本を超える映画やテレビ番組の見放題が加わった。米国での年会費79ドル(約1万2450円)は据え置いた。会員は送料のために入っても、別料金なしで映像を見られるようになった。[29]
荷物が届くまでの時間と、家で過ごす時間。別々の商売を、同じ会員が使う。買い物のない日にも、Amazonへ来る理由ができた。ベゾスは1冊ずつ売る店を大きくしてきたが、ここでは、店へ何度も戻ってくる関係を増やしていた。
14本の会社が計算を貸し出す
設備を買わずに始められる
2006年3月14日、AmazonはS3を公開した。ネット越しにデータを保存し、取り出すサービスである。当初の保存料金は、1ギガバイトにつき月0.15ドル(約23円)だった。[30][31]
新しいサービスを始める人は、客が何人来るかも分からないうちに、大きな設備を買わずに済む。必要な量だけ使い、使った分を払う。3月の保存に続き、8月にはEC2の限定試験提供が始まった。こちらは計算するコンピューターを、ネット越しに使う。当初の標準的な料金は1時間0.10ドル(約15円)。必要なときに起動し、不要になったら止められた。[32]
Amazon Web Services、AWSである。本を買う客とは別に、会社を作る人や、サービスを開発する人を客にする商売だった。
小売の設備が少し余ったから売る、という規模では済まない。他社の仕事が止まらないように保ち、データを預かり、急に利用が増えても対応する。安く使えても、大切なときに動かなければ、客の会社まで止まる。Amazonは、自分たちの買い物サイトを動かす技術から、外の会社が使う土台を育て始めた。[30]
AWSを率いたアンディ・ジャシーは、後にベゾスからAmazon全体を引き継ぐ。彼も2025年の年次報告書で、最初の構想が全てそのまま育ったわけではなく、データベースなどを作り直した経緯を記している。今日の巨大な事業は、小さな料金表を出したときから完成していたのではなかった。[33]
15本を届けるのに箱が要らなくなる
399ドル(約6万2882円)の書店

写真:ShakataGaNai/出典/CC BY 3.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2007年11月19日、ベゾスは初代Kindleを発表した。399ドル(約6万2882円)。文字を表示するだけでなく、本を選び、買い、その端末へ受け取れる電子書籍の機械だった。[34]
読む人は、パソコンへつないで本を移す必要がない。携帯電話網で受信し、その通信のために月額契約を結ぶ必要もない。思い付いた本を買い、端末で読む。Amazonが改善してきた取り寄せと配送の時間を、箱ごとなくす商品だった。[34]
開発には3年以上をかけた。機械に気を取られず、本へ入り込めるものにする。紙の本を速く送る商売を持つ会社が、紙を送らない読み方にも投資した。初代Kindleは、発売から約5時間半で売り切れた。[34][35]
書く人にも別の入口を作る

写真:Tsgreer at English Wikipedia/出典/Public domain。表示用にサイズ・圧縮を調整。
同じ日に、著者が自分で電子書籍を出す仕組みも始まった。後のKindle Direct Publishingである。出版社に採用され、紙で刷り、書店に置いてもらう経路に加え、書いた人が電子書籍を登録し、読者へ売る経路ができた。[35]
Amazonが決めるのは、どの本を仕入れて売るかだけではなくなる。書く人が参加する場所と、読む人が買う場所を、同じ仕組みの中へ用意した。小さな書店を探していた会社は、書店へ届く前の仕事にも入り始めた。
買わなくていいことも知らせる
店は、売れる情報だけを置くこともできる。しかしAmazonは、低い商品評価も載せた。商品の提供者からは、なぜ買うのを思いとどまらせる意見を掲載するのかと疑問を向けられた。ベゾス自身も、悪い評価を読んで購入をやめることがあると認めていた。[36]
それでも、客が失敗した買い物を避けられるなら、長く使ってもらえる。すでに買った商品をもう1度注文しようとすると知らせる機能でも、売上は少し減った。それでも残した。売り切ることより、選んだ後に後悔しないことへ賭けた。[36]
その判断は、後にPrimeの解約を巡って、会社自身へ突き返されることになる。
16自分の売場へ競争相手を入れる
会社の中でも意見が割れた
Amazonには、自分で仕入れた商品と、外の事業者が売る商品が並ぶ。今では見慣れた画面だが、会社の中で最初から歓迎されたわけではなかった。客を集めた場所へ、同じ客を狙う売り手を入れることになる。Amazonが売れるはずだった1冊を、別の会社が売るかもしれない。[37]
2000年に始まったMarketplaceでは、同じ商品のページで、Amazonやほかの売り手の新品、中古品を選べるようにした。在庫を全部持たずに、客へ見せられる選択肢を増やす。店の一部を競争相手へ開いた。[24]
客の欲しい商品が見つかるなら、その取引を全てAmazon自身の販売にする必要はない。社内の売上を守るか、客が買う場所を大きくするか。ベゾスは、後者へ進む判断を支えた。[37]
棚と箱詰めも貸す
2006年9月にはFulfillment by Amazon、FBAを始めた。外の売り手の商品をAmazonの施設で保管し、注文が来れば梱包して発送する。顧客対応も引き受ける。小さな事業者は、会社を大きくする前から、Amazonの物流を使えるようになった。[38]
ネットの売場に加え、物を運ぶ裏側も他社へ開いた。自分たちが使うために育てた倉庫が、ほかの会社の注文もさばく。AWSが計算の土台を貸すなら、FBAは物流の土台を貸す商売だった。
2018年、Amazonで売れた物理的商品の取引額のうち、独立した売り手の分は58%に達した。1999年には3%だったものが過半数へ増えた。これはAmazonの会計上の売上高の58%という意味ではなく、その売場で商品が売れた総額に占める割合だった。[39]
外の売り手が育つほど、Amazonの市場は大きくなる。同時に、その人たちの商売は、Amazonの画面にどう出るか、何を払うか、どの配送を使うかに左右されるようになった。客を連れてきた会社は、客の前へ出るためのルールも決める会社になっていた。
17会議は黙読から始まる
スライドをめくる代わりに6ページ
大きくなった会社で、ベゾスは会議の進め方も変えた。参加者が集まると、まず文書を読む。6ページの文章で、提案の背景、つながり、判断を示す。説明する人の勢いで、弱い箇所を通り過ぎることはできない。[40]
書く側にも時間が要る。ベゾスは、優れた文書には1週間以上かかることもあると書いた。同僚に見せ、書き直し、時間を置いてまた直す。文章が苦手な個人を責める前に、よい物へ仕上げる手間を仕事として確保する必要があった。[40]
読んだ後は異論を出す。それでも全員の確信がそろうまで待たない。2016年の書簡には、映像作品の企画について、ベゾス自身は懸念があったのに、チームは強く信じていた例がある。彼は懸念を伝えた上で、実行を支持した。本人を完全に説得するためだけに、さらに時間を使わせなかった。[37]
成功した組織が、作った手順を守ることに追われる。判断が遅れ、客が変わっても動かない。彼は、その先に停滞と衰退があると考え、Day 1という言葉を使い続けた。始まった日のように、まだ決まっていないことへ手を出せる会社でいる。その要求を、すでに巨大になった組織へ向けていた。[37]
今度は棚を動かす
倉庫では、会議とは違う形で仕事を作り直した。2012年、AmazonはKiva Systemsを約7億7500万ドル(約1221億円)で取得する契約を発表した。倉庫向けのロボット技術を持つ会社である。[41]
人が棚を探して歩く代わりに、棚を人の所へ運ぶ。床で梱包する人へ机を置いた初期の改善が、今度は倉庫の床を動く機械になった。歩く仕事が減り、商品を扱う場所へ物が集まる。Amazonの物流は、人を増やすだけでなく、人と機械の配置を変えて膨らんでいった。[41]
速く出荷する技術が育つ一方、その場所で同じ動作を繰り返す身体の負担は、後に会社が直面する大きな争点になる。
18新聞に2億5000万ドル(約394億円)を払う
個人でWashington Postを買う
2013年、ベゾスはWashington Postを2億5000万ドル(約394億円)で取得すると発表した。米国の首都を代表する新聞を買うのは、Amazonではなく、ベゾス個人だった。[42]
書店へ来る客の選択を助けた男が、今度は政治や社会を調べる新聞の持ち主になる。購読者の減少とネットへの移行に直面する報道機関へ、大きな資金を持つ新しい所有者が入った。[42]
通販では商品を選びやすくし、間違った注文を減らしてきた。新聞が届けるのは、買う人に気に入られる情報だけではない。所有者である自分の会社や、自分が付き合う政治家も、取材される側になる。新聞を続ける資金を出すことと、何を載せるかを決めることの距離は、その後に現実の問題として表れる。
妻が付けた星1つの評価
同じ2013年、Amazonとベゾスを扱ったブラッド・ストーンの本The Everything Storeへ、マッケンジーが星1つのレビューを付けた。創業時を一緒に過ごした本人が、公開の売場で伝記に反論した。[43]
本は、ベゾスがカズオ・イシグロの小説The Remains of the Dayを読み、人生の後悔を考えて起業へ進んだと描いた。マッケンジーは、夫がその本を読んだのは、Amazonを始めてから1年以上後だと指摘した。筋の通った始まりに見えても、彼女の知る順番とは違っていた。[43]
ストーンは、現役と退職した幹部ら300人以上へ取材したと説明し、間違いがあれば訂正すると答えた。新しい新聞の所有者になったベゾスのそばで、長く書く仕事を続けた妻は、自分たちが本の中でどう描かれるかへも、自分の名前で声を上げた。[43]
19失敗した電話に1億7000万ドル(約267億円)
顔を追いかける画面

写真:Chris F/出典/CC BY 2.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2014年、AmazonはFire Phoneを発表した。顔や頭の動きに応じて見え方が変わる画面を備え、見た商品や聞こえる音楽を識別する機能も付けた。Kindleで本と端末を結び付けた会社が、今度はポケットの中の電話へ入ろうとした。[44]
だが、使い慣れた電話から乗り換える客は、期待したほど集まらなかった。珍しい仕掛けを試すことと、毎日持つ1台を取り替えることの間には、差があった。2014年第3四半期には、在庫の評価や仕入れ先との契約に関する費用として1億7000万ドル(約267億円)を計上した。[45]
売れ残った物と、すでに約束した支払いが費用になる。箱の中身をどれほど工夫しても、その箱を買ってもらえなければ、会社には在庫が残る。大きくなったAmazonも、欲しがられない製品を作った。[45]
並行して育った声の機械
同じ頃、別の開発チームは、話しかけて使う機器Echoと音声サービスAlexaを育てていた。両方の開発を並行して進める中で、Fire Phoneから得た経験と人材が、Echoの開発を速めたと、ベゾスは説明した。[39]

写真:Frmorrison at English Wikipedia Frmorrison at English Wikipedia/出典/CC BY-SA 3.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
電話は失敗したと認めた。それでも、失敗した製品を作った人まで捨てれば、次の商品へ使える経験も消える。ベゾスは、会社が大きくなるなら、失敗する実験の規模も大きくなると書いた。Fire Phoneは、その説明に使えるきれいな仮定ではなく、実際に費用を計上した失敗だった。[39]
20ロケットを地面へ戻す
高度100.5キロからの帰還

写真:LunchboxLarry/出典/CC BY 2.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
Amazonの外では、別の時計が動いていた。2000年に設立した宇宙企業Blue Originである。ベゾスは、高校の卒業式で語った宇宙の仕事へ、長い年月と自分の資金を注いだ。[2]
2015年11月、New Shepardが高度約100.5キロメートルへ到達した。推進機は降下し、発射場へ垂直に着陸した。上げた機体を戻し、また使うための飛行だった。[46]
地球を回る軌道へ衛星を載せる機体ではない。宇宙との境界を越え、戻ってくる弾道飛行を担う。会社はその段階を積み、やがて自分たちの機体へ人を乗せることになる。[46]
食品店にも137億ドル(約2兆1591億円)

写真:FASTILY/出典/CC BY-SA 4.0。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2017年、AmazonはWhole Foods Marketを取得する契約を結んだ。自然食品や有機食品を扱う米国のスーパーマーケットで、純負債を含む発表時の取引額は約137億ドル(約2兆1591億円)だった。[47]
本から始まり、映像、計算設備、電話へ進んだ会社が、今度は野菜や食品の並ぶ実店舗を持つ。客の家に届く箱を増やすだけでなく、客が日々出入りする食品店の網を手に入れた。商品を長く置ける本棚と違い、食品は傷む。現場の管理と、店へ来る人への仕事も引き受ける買収だった。
外では再利用するロケットを作り、会社では食品店を抱える。ベゾスの扱う仕事は、ウェブサイトの画面だけでは見渡せない大きさになっていた。
21家で注文する人と倉庫へ来る人
時給を15ドル(約2,364円)へ上げる
2018年10月、Amazonは米国内の最低時給を15ドル(約2,364円)へ上げると発表した。正社員、短時間勤務、派遣、季節雇用も対象にし、11月から実施する。会社は、批判に耳を傾け、率先することを決めたと説明した。[48]
速い配送を使う客の後ろでは、棚の商品を集め、箱へ詰め、トラックへ渡す人が働いている。注文を増やす技術と、箱をさばく機械が育っても、最後まで身体を動かす仕事は残った。
2020年、新型コロナウイルスの流行で、その仕事が生活の前面へ出た。自宅にいる客が、日用品や乳児用ミルク、消毒用品を注文する。Amazonはそれらを優先するため、物流と仕入れの流れを変えた。ベゾスは3月の社員向けの手紙で、10万人の新規採用と、時間給従業員の賃金引き上げを説明した。[49]
同じ手紙には、マスクを大量に注文したのに、世界的な不足でほとんど届いていないとも書いた。多くの倉庫や配送の仕事は、在宅勤務に置き換えられない。家から注文する客を、職場へ出てくる人が支えていた。必要な品を届ける会社の判断は、出勤する人が安全に働けるかと、直接つながっていた。[49]
最後の書簡で変えた目標
2021年春、CEOとして最後の年次書簡で、ベゾスは従業員の成功へ向けた、よりよい構想が要ると書いた。最も顧客中心の企業であることに加え、最高の雇用主と、最も安全な職場を目指す。従来の会社の姿を守るだけではなく、新しい目標を足した。[50]
書簡では、筋肉や骨格にかかる負担を減らす取り組みも説明した。社員を大切にしていないという描写には反論したが、働く側へ向けて改善する仕事は残った。創業期なら、自分の膝が痛いと分かり、机を置いて直せた。大きな倉庫で起きる負担を見つけるには、本人の身体だけでは足りなかった。[50]
22家族と富の行き先が変わる
25年の結婚を終える
2019年1月、ジェフとマッケンジーは離婚する意向を発表した。25年間の結婚を終えても、友人として、子どもたちの親として関係を続けるという共同声明だった。[51]
隣室の笑い声を聞き、先に昼食へ誘い、西への移住に加わったマッケンジーは、マッケンジー・スコットとして自分の資産を使う道を進んだ。初期の支払い実務を担った会社は、2人が別々に歩き始める頃には、世界中の人が使う場所になっていた。
100億ドル(約1兆5760億円)を地球へ使う
ベゾス自身は2020年、Bezos Earth Fundを設けた。2030年までに100億ドル(約1兆5760億円)を拠出し、気候変動と自然保護へ資金を出す構想である。約束した総額を、どの団体へ、どの順で助成するかを決める仕事が始まった。[52]
Amazonも2019年、2040年までに事業全体の温室効果ガス排出を実質ゼロにするThe Climate Pledgeを共同で始めていた。個人が地球のために出す資金の横で、大量の品を運び、設備を動かす会社自身も、排出を減らす約束をした。[53]
2022年には、生前に財産の大部分を寄付するつもりだとCNNの取材で話した。ローレン・サンチェスと共に、そのための能力を整えているとも説明した。資産を増やしてきた人が、今度は配る仕組みを作ろうとしていた。[54]
23CEOを渡して宇宙へ乗る
ジャシーへ託す
2021年2月、ベゾスは社員へメールを送った。同年第3四半期にCEOを退き、取締役会のエグゼクティブ・チェアになる。後任は、AWSを率いてきたアンディ・ジャシーだった。[55]
会社の経営は、顧客や社員へ向けた責任が重く、別の仕事へ注意を向けにくい。ベゾスは新製品や初期の取り組みには関わり続け、基金、Blue Origin、Washington Postにも時間を使うと説明した。毎日CEOとして使っていた時間を、別の場所へ移す交代だった。[55]
弟と同じ機体で地球を見る

写真:Kim Shiflett/出典/Public domain。表示用にサイズ・圧縮を調整。
2021年7月20日、ベゾスはNew Shepardに乗り込んだ。隣には弟マーク。さらに82歳の航空の先駆者ウォリー・ファンクと、18歳のオリバー・デーメンがいた。Blue Originにとって初めての有人飛行で、4人が同じ機体へ入った。[56]
高度100キロメートルを超え、4人は地上へ戻った。地球を周回する飛行ではない。上がって帰る短い飛行だったが、ベゾス自身は、長く作ってきた宇宙の乗り物へ初めて乗った。高校で語った場所へ、今度は弟と出かけた。[56]
Amazonの創業者がCEOを離れ、宇宙へ行く。その同じ頃、地上では、倉庫で働く人たちが会社へ異なる言葉で要求を向け始めていた。
24働く人が組合を選ぶ
倉庫JFK8の投票
2022年4月、ニューヨーク市の島スタテンアイランドにある倉庫JFK8で、従業員の労働組合による代表を求める票が、反対票を上回った。賛成2654、反対2131。全米労働関係委員会NLRBが結果を発表した。[57]
職場への不満を、1人ずつ上司へ言うのではなく、集団で交渉する組織を持つ。顧客へ速く届けることを優先してきた会社に対し、そこで働く人が、自分たちの発言の仕方を選んだ。
2024年、米上院委員会の民主党側スタッフの報告は、倉庫での作業速度と負傷の関係を取り上げた。生産性への懸念から安全策が退けられたとの主張に対し、Amazonは、研究の扱いや結論が文脈を欠くと反論した。何を改善したのかだけでなく、何を改善しないと決めたのかも、外から調べられた。[58]
同年12月、労働安全衛生庁OSHAとの和解で、会社は身体への負担を調べ、対策と研修を続け、監督の仕組みを受け入れることになった。支払額は14万5000ドル(約2285万2000円)。Amazonは、中心的な指摘10件のうち9件が撤回され、これまでの安全策も認められたと説明した。[59][60]
すでに日々のCEOはジャシーだった。それでも、ベゾスが作り、今も会長として関わる会社が、働く速度と身体をどう扱うかは、創業者の成功の物語の外には置けなかった。
25入るのは簡単でも離れるのは難しい
出店者が離れにくい市場
2023年9月、FTC、米連邦取引委員会と複数州は、Amazonが独占的な力を違法に維持しているとして提訴した。ほかの場所で安く売る出店者への扱いや、Primeの対象となるための配送条件などを争点にした。[61]
Amazonは、低価格の商品を目立たせ、確実で速い配送を求めるのは客の利益だと反論した。FTCの求める変更では、価格が上がり、配送も遅くなるという立場だった。[62]
小さな売り手が客へ届くため、Amazonの売場と物流を使う。使う人が増えれば、その場所から離れる判断も難しくなる。自分の店へ競争相手を入れた会社が、今度は、その競争相手にどこまで条件を求められるかを問われた。
Primeには25億ドル(約3940億円)の和解
別の事件では、買う側が離れる手順が問題になった。Primeへの加入と解約を巡る訴えで、2025年9月、Amazonは25億ドル(約3940億円)の和解へ合意した。民事制裁金10億ドル(約1576億円)と、消費者への返金15億ドル(約2364億円)を含む。会社は違法行為を認めず、訴訟を終えるための解決と説明した。[63][64]
2026年9月、FTCは、すでに8億4500万ドル(約1331億円)を超える返金が行われ、対象者と返金額を拡大すると発表した。[65]
買うべきでない商品は、買わない方がよい。以前、ベゾスはその考えで低評価のレビューと、二重購入を知らせる仕組みを残した。Primeでは、入りたいときの便利さだけでなく、やめたいときに何回の操作を求めるかが争われた。客を中心にするという約束は、客が去ろうとする画面でも守られる必要があった。
26帰る街と持つ新聞を変える
マイアミへの引っ越し
2023年11月、ベゾスは約30年暮らしたシアトルからマイアミへ移ると表明した。両親のそばにいたいこと、ローレンと街を気に入っていること、Blue Originの仕事がフロリダへ広がっていることを理由に挙げた。[66]
発表に添えたのは、初期のAmazonのオフィスを父が撮った映像だった。大きな会社になった後の引っ越しに、父の声が残る出発時の映像を使った。高校を出た街へ戻る人は、あの頃にはなかった会社と資産を持っていた。[66]
2025年夏、母ジャッキーが78歳で亡くなった。高校を出るため祖父が交渉し、赤ん坊と教材を持って夜学へ通った母は、息子の起業へ資金を出し、その後は子どもの教育や発達を支える活動へ取り組んだ。家族の財団は、彼女の仕事を振り返った。[67][5]
所有者が意見欄の柱を決める
Washington Postでは、所有者の判断が編集の方向へ届いた。2024年の大統領選で、新聞は候補者を支持する社説を出さない方針を取った。抗議の辞任や購読解約が起こる。ベゾスは、候補者を支持する社説が偏りの印象を作り、報道への信頼を損なうと説明した。[68]
翌2025年2月には、意見欄の柱を個人の自由と自由市場にすると表明した。それに反対する意見は、ほかの媒体へ委ねるという方針だった。意見欄の責任者デービッド・シプリーは辞任した。[68]
2億5000万ドル(約394億円)で新聞を買ったときには、新しい所有者が、報道機関を支える資金を持っていることが注目された。12年後、その所有者が、載せる意見の方向を自ら示した。ニュースの取材面とは別の意見欄であっても、彼の選択によって新聞を去る編集者がいた。
274000万ユーロ(約70億円)規模の祝宴
富が運河の街へ集まる
2025年6月、ベゾスとローレン・サンチェスは、イタリア北東部の運河と歴史建築の街ヴェネツィアで結婚を祝った。予定された祝宴は3日間。映画、金融、音楽などの著名人を迎える、大規模な集まりだった。[69][70]
地元ヴェネト州のルカ・ザイア知事が示した費用の見積もりは、4000万〜4800万ユーロ(約70億円〜84億円)。支出の確定額は公表されていないが、地元政府が示した見積もりだけでも大規模なものだった。Reutersの当時の取材では、200〜250人ほどの招待客のために高級ホテル5軒、少なくとも30隻の水上タクシーが手配され、周辺空港へは約90機のプライベートジェットが飛来する見込みだった。[70]
人も荷物も、水の街では船で動く。ホテルへ泊まり、会場へ移り、食べ、祝う。そのために街のサービスを大きく使う集まりは、事業者に仕事をもたらす一方、住民の抗議も呼んだ。観光で暮らしが圧迫される街へ、さらに巨大な富が入ることへの反発だった。歓迎する人と、街を誰のために使うのかと問う人がいた。[69]
床に本を並べていた男は、今や個人の祝宴だけで、街の交通や宿泊に影響する人物になっていた。会社の取引ではない自分の選択にも、会ったことのない人々が反応した。
28軌道へ届くまで25年
New Glennの初飛行

写真:U.S. Space Force / Senior Airman Samuel Becker/出典/Public domain (US federal government)。表示用サイズ・圧縮調整。
2025年1月16日、Blue Originの大型ロケットNew Glennが初飛行で軌道へ到達した。7基のエンジンで上昇し、2段目は予定の軌道へ入った。一方、1段目を回収する目標は果たせなかった。会社は両方の結果を発表した。[71]
2000年の設立から25年。本人が乗ったNew Shepardの、上がって帰る飛行から、地球を回る軌道へ物を運ぶ機体へ進んだ。1回の飛行の中に、到達した場所と、まだ戻せなかった物がある。[71]
2023年にはNASAが、月面へ宇宙飛行士を下ろす2つ目の提供者としてBlue Originを選んでいた。契約額は34億ドル(約5358億円)。会社は、公的な月探査計画の中でも、機体を作り、実証する仕事を負うようになった。[72]
祖父とブルドーザーを直していた少年は、今ではロケットを作る会社の創業者だった。重い歯車を上げるためにクレーンを作った夏とは、費用も人数も桁が違う。上がった機体を安全に戻し、次の飛行へ使うため、技術者たちが直す仕事は続く。
29何を買えるかより何を動かすか
創業者の後も大きくなる会社
2025年のAmazonの売上高は7169億2400万ドル(約112兆9872億円)。2026年10月29日発表の第3四半期決算では、四半期売上高が2019億ドル(約31兆8194億円)、AWSが約460億ドル(約7兆2496億円)だった。日々の経営を率いるのはジャシーである。ベゾスが創業した会社は、本人がCEOを渡した後も、通販と計算設備の両方で拡大した。[33][73]
Forbesが2026年3月1日時点の株価などを使った年次長者番付では、本人の資産は2240億ドル(約35兆3024億円)と見積もられた。その推計を動かすのは、主に保有する資産の価値である。倉庫を流れる商品の代金と、彼が持つ株式の価値は、別の形で膨らんだ。[74]
使うお金の行き先には、宇宙や祝宴だけでなく、地域の暮らしもある。Day 1 Families Fundは2025年、住まいのない家族を支える32団体へ、計1億250万ドル(約161億円)を助成すると発表した。会社で集めた人と、個人で選ぶ助成先では、動かす仕組みも相手も変わる。[75]
地下に置かれた机の先へ
最初の店で、膝当てを買おうとしたベゾスへ、同僚は机を置くことを勧めた。必要な変更は、目の前にあるのに気づかなかった。翌日から、働く人は立って梱包できた。
その会社が、多くの人にとって、買い物をする場所、商品を売る場所、データを預ける場所になった。ベゾスは、そこへ客を呼ぶだけでなく、客以外の人が使う道も作った。道が大きくなれば、そこを通る人は、彼の知り合いだけではなくなる。
売場へ出る条件を争う事業者。働く速度と安全を問う社員。自分の意見を載せる場所を失う編集者。機体を軌道へ送る技術者。それぞれが、ベゾスの作った会社や、資金を出した場所で、次の仕事をしている。
机を置くと決めた翌日には、全員がその改善を見られた。今、彼が動かすものは、1つの地下室へ収まらない。Amazonで注文が入るたび、遠くのどこかで、また誰かが箱を開き、品物を入れ、送り出している。
参考文献・出典 75件
本文の番号に対応する資料です。本人・関係者のインタビュー、当時の取材、企業の発表を参照しています。
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- Academy of Achievement:Jeffrey P. Bezos interview and biography (2001) ↩ 本文
- Amazon:Statement by Jeff Bezos to the U.S. House Committee on the Judiciary (2020-07-29) ↩ 本文
- Jackie Bezos:2019 commencement speech excerpts, YourStory ↩ 本文
- Bezos Family Foundation:Remembering Jackie Bezos, 1946–2025 ↩ 本文
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写真の作者・利用条件・撮影年は各画像の下に記載。取材資料と写真の出典は別々に確認できます。
※ 円換算は2026年11月2日確認のWise表示値(1米ドル=157.6円、1ユーロ=175.9円)を使用。取引当時の為替や物価・購買力を再現するものではありません。 為替出典:USD / EUR
本文更新:2026-11-02


